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寒い季節のロシヤ文学 4

ドストエフスキー  「悪霊」


ロシア文学界のみならず、19世紀文学を代表する巨匠・フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー。
言わずもがな、日本人にとっても古くから親しまれてきた外国の作家の一人です。
ドストエフスキーの作品というとその特徴の一つとして特に後期の大長編群に顕著ですが独特の宗教色が挙げられる。
ドストエフスキーの作品に苦手意識を覚える人はやはりこの点が大きいのではないでしょうか。
しかし、にも拘らず現在においても異文化の日本人にとっても彼の作品は「外国文学」の代名詞と言っても依存の無い程の存在であり続け、絶大な一般支持を得ている。
これは彼の作品が単なる「説教臭い物語」でないことの何よりの証明でもあるし、そもそもその「宗教的な要素」というのも近代の原理主義的な側面を露骨に示すような単純で安直な代物ではない。

「悪霊」はドストエフスキー後期の代表作の一つ。
最近、「罪と罰」を現代日本を舞台にアレンジした落合尚之作の漫画が話題になっていますが今風の漫画としてアレンジするとしたら画的に最も映えるのは間違いなくこの作品でしょう。
ドストエフスキーの作品はどれも登場人物が濃いがこの作品の登場人物達は特に「濃い」です。正に曲者揃い。

容姿端麗・明晰な頭脳と並外れた体力を持ち、同時に悪魔的な感化力・カリスマ性、絶望的なまでに虚無的な人格を持つ男・主人公であるニコライ・スタヴローギン。(この要素で腐女子が飛びつかない訳が無い)

ニコライを崇拝し彼を伝説上の「イワン皇子」として祭り上げようとする「革命組織」のリーダー、ピョートル・ヴェルホーヴェンスキー。

ピョートルの組織のメンバーでありながらも思想の相反から脱退を表明。ロシア人こそが人類を救済する唯一の神の体得者でありやがては国民が神となるであろうというロシア・メシアニズムを説くシャートフ。

子供を愛する優しい心を持ちながらも、完全に当人にとって至高の自由とは「自殺」であり、その不服従の我意を決行・証明することにより「人が神となる」と説く狂信的人神思想・無神論に憑りつかれたキリーロフ。

ピョートルの父であり元大学教授、元家庭教師であった繋がりからスタヴローギン家に居候する旧世代のリベラリスト、ステパン・トロフィーモヴィチ・ヴェルホーヴェンスキー。

ニコライの母にして社交界への復帰を望み、居候のステパン氏と愛憎劇を繰り広げる裕福で勝気な地主ワルワーラ婦人。

と言った具合に..........
(ツルゲーネフがモデルと言われるカルマジーノフもこれまた滑稽な描かれ方をするが.........)

彼の諸作の中でも非常に難解な部類の作品であるとよく言われる。
実際かなり難解だ。解釈も多様で現在でも体系化された定説的論評などほぼ存在しない。
しかしドストエフスキーの長編の中ではかなり「動」が目立つ作品であるし(前半はややダラダラしているが後半、醜悪な茶番劇同然の「祭り」の幕開け、街の火事、動き出すピョートル率いる「組織」 と、 物語は畳み掛けるように展開していく)決して読みにくい作品ではない。
ひたすらヘヴィーな「カラマーゾフの兄弟」等に比べれば余程読みやすいです。
ただ、内容が兎に角複雑で難解。

物語が難解なのは登場人物のキャラクター・ポジションが非常に「思想」として象徴的であること、主人公が誰であるのか分かりづらいこと(語り手がステパン氏の友人である「私」であることも混乱の要因)、主人公たるニコライ・スタヴローギンのキャラクターが謎めいている事、物語中では最期まで説明・語られることも無く、謎のままに中途半端にされてしまっている箇所がいくつかあることなども確かにありますがやはり物語を読み解く上で間違いなく重要な章である「スタヴローギンの告白」が本編とは別個の、独立した章として存在している事実が大きいような気がします。
これはどういうことかというと「スタヴローギンの告白」は本来、本編の収まるべき一部であった訳ですが「少女陵辱」というあまりにショッキングなテーマが生々しいタッチで書かれた内容であった為、悪霊が連載されていた新聞側では掲載を拒否。
止むを得ず本編から削除された上で後半の構成は大幅に修正されるという複雑な経緯を含んでいる。
その為、「スタヴローギンの告白」は長らく幻の章となっていた訳でこの原稿が発見されたのは20世紀に入ってからのことである。
前述の通り、この章はあくまで本編とは切り離された章であることには違いないのですがニコライの虚無的人格を指し示す非常に重要な箇所であり、尚且つチホン神父とニコライの鬼気迫る赤肌かな対話はその圧倒的な緊張感からいってもドストエフスキーの作り上げた文章の中でも最高峰のものの一つと評されています。


文化的なものであれ、体制的なものであれ、あらゆる形にせよ存在する西欧諸国に対するコンプレックス、そこから必然的に生じるアイデンティティの模索はロシア文学のテーマにも非常に深い影響を与えている。
ドストエフスキーの作品において西欧の無神論を初めとする新思想に対する危機意識はよく見られるものですがこの作品では兎に角それが生々しく直球的です。ソ連時代には革命を中傷する悪書と見られていたのも実に自然な話だ。
物語は19世紀中期、ロシアで実際に起こった秘密結社内部での同志殺害・処刑事件、所謂 『ネチャーエフ事件』 に着想を得て書かれた。
タイトルの「悪霊」とは新約聖書におけるルカ福音書・第八章 三二ー三六節からとられている。
即ち、人から出でた悪霊が豚の群に憑りつき、崖から湖に飛び込み悉く溺れ死ぬ  という箇所。
西欧から流れ来る無神論や革命思想・ニヒリズムを「悪霊」にみたて、彼等は無神論者に憑りつき溺れ死に、やがてメシアたるロシアは癒えるだろう  と  言うものである。

しかし思想文学「悪霊」は更にずっと複雑。

ニコライ・スタヴローギンはそのあまりに絶望的な人格から 「悪魔」 等と評されることも多いですがこの作品での彼のポジションは正しく「ロシア」の姿そのもの、またその悲劇性、或いは危険性の象徴に思える。正確に言えば悪霊に憑りつかれた人間達によって醜く祭り上げられた「空虚なロシア・神を失ったロシア」のアイデンティティ喪失に苦しむ姿。(ちなみにスタヴローギンはロシアの無政府主義・無神論者、バクーニンがモデルと言われる)
悪霊に憑りつかれたる豚、「神を失った人間」、革命家ピョートルはイワン皇子・即ち「メシアとしてのロシア=スタヴローギン」を祭り上げようとする。(レーニンによる社会主義革命の暗示的予言ではないか!)
しかし繕われたニコライはメシアなどではなく、贋物の自惚れに過ぎなかった。ニコライと秘密の婚約を交わした白痴の女・マリヤは「あんたは皇子じゃない」と見抜き、言い切る。
それどころかニコライはその内部から悪霊を媒介し、シャートフとキリーロフという象徴的人格の人間を作り出した。
そしてニコライが決定的に悲劇であったのは彼が理性はあるが一切の思想は持てず、何処までも虚無的で無関心な人格であったこと、即ちあらゆる意味で究極的な「ニヒリズム」の権化そのものであったこと。
それ故に彼は新世代の「革命思想」に共鳴・追従することも出来ず、あの悲劇的なラストへと繋がっていくのである。

ステパン氏は病に咽びながらも悪霊に憑りつかれたる人間達(疑いようも無く息子ピョートルはネチャーエフである)にも偉大なる思想が宿されていると説く。
愛、崇高で永遠なる信仰を失おうとしているロシアを嘆き、ただ、「知らぬ為」に破滅へと突き進む彼等に「もう一度会いたい」と漏らす。
この作品が真に難解であるのは農奴開放後の混沌としたロシアの姿を最も象徴的に表している点にあると思う。
しかし、作品全体に流れる国家・それを構成する人間への生命賛歌を見たときにやはりこの作品に対してもドストエフスキーの諸作に共通に流れる一つのテーマを感じます。


..................................

それにしてもやるせないというか本当に救いようの無い物語だ。
登場人物の殆どが精神的・肉体的に破滅します。

シャートフの妹・ダーリヤと福音書売りのソフィヤの存在ぐらいしか救いが無いです。


ところで前述の「罪と罰」の漫画版。

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去年知人に借りて読んでみたんですが面白かったので結局出てるところまで全巻揃えてしまった。
物語のエッセンスとしてドストエフスキーを原作としているものの、単なる現代アレンジではなくまったく独立した作品として昇華しています。
非常に丁寧な作風。 お勧めです。
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