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寒い季節のロシヤ文学 3

プーシキン  「大尉の娘」


近代ロシア文学の父とも称される大文豪、A.C.プーシキンを抜きにしてロシア文学を語ることなど到底出来ない話であることは言うまでも無い。
彼の創始した文体・文語の影響を受けていないロシアの作家はほぼ皆無とすら言われます。
と......言ってもやはり詩は原語で味わう以外にその本質を楽しむ術は無い。
日本人からしてみれば当然ながら彼の詩は今ひとつ馴染みの薄いものとなってしまっているし、プーシキン自体の知名度も一般的にそこまで高いとは言えない。否、「プーシキン」の名は知っていても作品そのものは読んだ事の無いという人が兎に角多い気がする。
また、そもそもロシア文学に関する翻訳・研究が進んでいるはずのこの日本においてもプーシキンの翻訳というとやはり数が少ない気がします。
彼の散文小説は基本的にそこまで大長編も無い上に比較的読みやすく、ロシア文学が苦手という人にも割とお勧めなんですが。

プーシキンの小説といえばなんといってもチャイコフスキーのオペラ化でも知られている「エヴゲニー・オネーギン」が有名ですが(特にタチヤーナの姿はロシア文学のヒロイン像の一つの原点として後の作家に与えた影響大)訳の問題もあると思いますがプーシキン本人の仰々しい語り口が少々つっかかる人もいるかもしれない。
と、言うかオネーギンはそもそも詩小説として書かれたものなのでやはりその文章の本質(つまりは韻)を味わうためには原文を読むしかないのかもしれない。

そんな背景もあり、プーシキンを読むにあたる初めの一冊として挙げたいのはやはりこの「大尉の娘」であったりする。
書き上げられたのは決闘により死亡する数ヶ月前、彼の最晩年の作品です。
18世紀、エカテリーナ二世の治世に起こったプガチョフの乱を題材に主人公ピョートルの愛と冒険(......て言い方をすると少々ディズニーっぽくなってしまうか)を描いた一種の歴史小説です。
貴族の家に生まれたピョートル・アンドレーイチ・グリニョフは父親の言い付けによって辺境の要塞に配属させられる。
そこでの司令官一家との交流、司令官の娘であるマーシャとの恋、後に裏切り者となるシヴァーブリンとの確執、やがておこるプガチョフの乱と要塞に降りかかる災難、そしてプガチョフとの奇妙な友情を淡々としたタッチで描いていく。ダラダラとした所も無く、単に物語としても面白いし非常に読みやすいです。

プガチョフの乱と言えばロシアの歴史上最大規模の大農民反乱として名高い。首謀者であるプガチョフはドン・コサックの出身。
(ちなみに「コサック」とはウクライナ南部・ロシアの辺境に移住した農民を起源とすると言われる半独立軍事共同体。その騎兵はユーラシア最強とも言われ帝政ロシアの重要な軍事力として奉仕し、シベリア進出を初めロシアの領土の拡大にも大きな役割を果たした)
18世紀の中頃、帝政ロシアにおいてますます拡大する農奴制に反発する農民を中核とした反乱軍を組織して決起、農奴制からの開放を掲げ自身はピョートル三世を僭称。
社会の底辺に位置していた労働者やバシキール人を初めとする辺境の少数部族をも反乱軍に巻き込み、プガチョフの乱は帝国内における一大内戦へと発展した。
プーシキンはこの事件に多大な関心を寄せており、オレンブルクを初め戦いの舞台となった現地を自分の足で歩き、司馬遼太郎並に徹底的にリサーチ。本作とは別にプガチョフの乱についての史書も執筆している。
主人公であるピョートルも実際の事件でプガチョフ軍の捕虜となった士官、シヴァンヴィチ少尉をモデルにしていて彼の存在もリサーチ作業において知ることになったそうです。

この作品において特異な描かれ方をしている人物を一人挙げるとすれば他でもない、プガチョフである。これはプーシキンの歴史観の独創性を証明する要素でもあると思います。
当時、事件からそれ程遠い時代という訳でもなかったプーシキンの時代においては歴史に残る大反逆者・極悪人として見られていた、にも拘らずプーシキンはこの「悪人」を人間味溢れる人物として、また仲間に裏切られる哀れな首謀者として非常に同情的に描いている。その同情を寄せるのが何を隠そう、義理に基づき命を助けられた主人公のピョートルなのだ。
やや滑稽な人格ながらも義理人情に厚く、また部下の非情な行為は許さない。一方では自らに屈せずに皇帝側に付こうとする人間は容赦なく処刑する残虐な側面も描かれる。
こうしたプーシキンのプガチョフ像は中央政府の目が光っていた当時、かなり挑戦的であったことは言うまでも無い。つまり問題作であったはずです。
プガチョフだけではない、農奴制や少数部族の問題も広角的に捉え、関心を示していたプーシキンはそれらの問題も作品の中に取り込んだ。
捕虜となって残虐な拷問を受けるバシキール人の凄まじい描写などは主人公ピョートルの口からも語られる通り、明らかに「理由ある暴力」を「暴力」で鎮圧したロシアの正義に対する疑問符でありアンチの姿勢でもある。
これはチェチェン問題を抱える現代ロシアにもまったく同じ事が言えるのではないか。

捕虜になりながらも誠実なピョートルは自らの義務としてプガチョフに寝返る事は出来ず、また中央政府を盲目的に美化・過信したりもしない。
逮捕されたピョートルの潔白を女帝に訴えるマーシャの純真な姿に象徴されるように恋愛小説としても知られる本作ですが誠実善良な人格であるピョートルの目を通して多角的に、また偏り無く中性的に描かれるプガチョフの乱は広大なロシアに生きる様々な境遇の人民、また異民族・人種に対するプーシキンの愛情に溢れた公平で広い視点・史観が垣間見れるような気がします。

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